​首里観音堂について

首里観音堂の歴史、お祀りしているご本尊の紹介

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上り口説(ぬぶいくどぅち)

旅の出じ発ち 観音堂 先手観音 伏せ拝でぃ 黄金酌取てぃ立ち別る

たびぬんじたち くわぁんぬんどー しんてぃくわぁんぬん ふしうぅがでぃ くがにしゃくとぅてぃたちわかる

歌意:旅発ちには、首里の観音堂で先手観音を拝んで 黄金の酌を交わして立ち別れる

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首里観音堂は、1618年に建立され、正式名称は慈眼院。

流歌「上り口説(ぬぶいくどぅち)」で「旅の出立ち 観音堂・・・」と歌われ名前が広く知られたこともあり、首里観音堂と呼ばれています。

寺院の創立縁起は、琉球王朝時代、佐敷王子(のち尚豊王)が人質として薩摩に連れて行かれた際、父・尚久王は息子が無事帰国できたら首里の地に「観音堂」(観音様をお祀るお堂)を建てることを誓願されました。

その後、無事帰郷したので、1618年、首里の萬歳嶺という丘(高台)に観音堂を建て、その南に、慈眼院を建立しました。

 

  1645年より毎年、琉球王国国王が国の安全を祈願・参拝するようになりました。
また、当時、琉球王国は貿易(航海)が国の中心であり、首里の萬歳嶺という丘からは視界が開け、那覇の町・港・海・空を一望でき、渡航の安全・国の安全を祈願するのに最良な地でした。

   

  その地に、すべての人を守り、すべての人を救い、願いを叶える千手観音菩薩像をお祀りし、国王はすべての祈願をしておりました。

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仏像

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本堂

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釈迦堂・書院

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納骨堂・境内

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